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年末年始で友と心の交流を

日常
12 /09 2019
 いよいよ今週で、年内最後の座談会となります。
 我が地区では、皆さんの「十大ニュース」と題して、一人一人のエピソードを紹介し、明年への目標や決意を語り合うのが恒例となっています。
 「創立90周年へ 創価勝利の年」の有終の美を飾るべく、皆で元気に集い、明年への最高の出発を切っていきたいと思います。

 また、「今年こそ」と決意しているのは、友との交流です。
大掃除や忘年会など、慌ただしい師走の足音のなかで、心せかされる日々ですが、「忙中閑あり」の思いで、年賀状や親戚の集まりなど、普段なかなか会えない人との交流を大切にしようと決意しています。

 寒さも厳しくなってきました。
 皆様も、どうか健康に留意して、晴れやかな年末年始を迎えられますよう祈っております。
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44■元職員3名が上告を断念し、完全敗訴

元職員3名
12 /02 2019
 創価学会から除名された「足軽会」メンバーの小平秀一、滝川清志、野口裕介ら元職員3名が、職員時代の配置転換命令と譴責処分は不当であったとして提起した裁判で、1審(2019年3月)、2審(同年10月)とも「完全敗訴」していたことはすでにお伝えした通りです。
 その後、元職員3名が上告手続きを行わなかったため、高裁判決が確定しました。つまり、元職員3名は、彼らの独善性を厳しく指弾した判決内容を、事実上、認めたということです。
 以前にも触れましたが、11月6日付けの創価新報に裁判の詳細が出ているので、あらためて確認します。

それによると、まず、今回の判決で東京高等裁判所は、「小平ら足軽会10人が、彼らが攻撃対象とした後輩会員に対し、対話と称して執拗に繰り返した面談要求について、『パワーハラスメント』と明確に認定」したそうです。
あれだけ得意満面に「対話だ!」と強弁していた彼らの行為は、実は卑劣な迷惑行為に過ぎなかったことが裁判で暴かれ、その判決を彼らも認めました。
また、〝自分たちは正しく、学会が間違っている〟として再監査要求を繰り返したことについて、高裁は、「(原田会長の)説諭の一部を恣意的に取り出して自己の主張の後ろ盾としたりしている」「職員としての服務上の注意事項に違反し、職員としての適格性を疑わせるに十分な事情であるとともに、職場秩序の維持の観点からも看過できない」と断定。彼らの行動を服務違反であり、不適格であり、職場を乱す迷惑行為だったと、バッサリ切り捨てました。
 こうした判決内容も、彼ら3名は上告を断念したため、自ら認めたということになります。
 以前は、「裁判で勝つ!」「我々の正義を証明する!」などとブログで騒いで、裁判のことを血眼で喧伝していたはずが、旗色が悪くなるとうやむやにして沈黙。全く触れなくなりました。まさに、「師子の声には一切の獣・声を失ふ」(御書P.1393)とある通りです。
チンケな連中が、身勝手に師匠を担ぎ出して、いくら自らを虚飾しようとも、正義の言論によって、化けの皮はすぐはがされます。どちらが正しく、どちらが間違っているのか、裁判結果に明らかです。

にもかかわらず、彼ら3名はブログに、性懲りも無く「今の狂った創価学会を三代の師匠の仰せ通りの創価学会に変革する」などと書き込んで悪あがきしていますが、判決にあるような悪質極まりない迷惑行為を平気な顔で繰り返し、それを「正義のためだ」と思い込んでいるような彼ら3名の方が、よっぽど「狂っている」でしょう。
そんな彼ら3名を必死に擁護していた人々も同類です。「パワハラ」を「対話」と言い換え、「職場秩序を乱す迷惑行為」を「正義の戦い」と誇称する。こんな「狂った」3名に付き従う人々の末路が哀れです。

43■波田地と足軽会は「同じ穴の…」

元職員3名
11 /25 2019
 このブログでは、波田地グループと足軽会の醜態について、ずっと取り上げてきました。
 今回は、その波田地グループが、足軽会の面々をどう見ているのかについて紹介します。

 ツイッターでも紹介しましたが、「創価学会員として生きていく」ブログ(https://lifewithsoka.hatenablog.com/entry/rival)に、波田地グループの元職員3名への見解が書かれていました。

 いわく、波田地グループは、福岡大祐と元職員3名(小平秀一、滝川清志、野口裕介)らの「足軽会」に対して、一方的に羨望と嫉妬をいだき、並々ならぬ対抗意識を燃やしているとのこと。
 ブログ記事によれば、波田地グループの面々は、福岡ら足軽会を分析して、次のように発言しているそうです。
 「元職の行き詰まりは、要するに、ここにも書いてあるけど、マンネリ化。要するに、“皆さん、来てくださいね”で、仲間内だけの活動報告的な体験談をボンボンと打つ。あとは“みんなで語り合いましょう”みたいなので、1時間半、2時間、語り合って終わり。みんなが自分の思ってるのを吐き出して終わるだけ。そこに何か価値的なものはない」

 ずいぶんと真っ当なことを言っていますし、これは当たっているでしょうね。しかし、皆さんももうお気づきのとおり、この分析は主語を「波田地グループ」に変えてもそのまま当てはまる、完全な“ブーメラン”になっているわけです。
 今までも触れてきたとおり、波田地グループの集会の内容と言えば、酒を飲んで酔っ払ったおっさんたちが集まっては、週刊誌を片手に握りしめて、愚痴と文句を「吐き出して終わるだけ」。自分たちで言ってのけたとおり、そこには「何か価値的なものはない」わけです。

 結局は、波田地克利の一派も、福岡大祐ら足軽会も「同じ穴の貉」ということです。
 貉(むじな)とはアナグマのことで、タヌキなどがアナグマの巣穴に入り込んで生活することがあることから、“一見違って見えても実は同類”ということを指す言葉です。
 波田地グループと足軽会、どっちがアナグマで、どちらがタヌキなのかは知りたくもありませんが、何とかして学会に泥を塗りたい一心で醜態をさらしつづける人たちには、今も類似点が多いようです。

「創立90周年」へ最高の出発!

日常
11 /19 2019
栄光の創立89周年の「11・18」を迎えました。

我が地区でも、この佳節を目指して、拡大の大波を起こそうと決意して戦ってきました。
「世界聖教会館」オープンの佳節を、聖教拡大の勝利をもって荘厳することができ喜びで一杯です。

池田先生は、8月23日付に掲載して下さった随筆の中で入信記念日の「8・24」が「聖教新聞創刊原点の日」であることに触れ、「世界聖教会館の完成に当たり、恩師の悲願の通り、日本中、世界中に、我らの聖教の光をいやまして広げていきたいと、強盛に祈念している」と、深い思いを綴って下さいました。
この先生の心をわが心として、地域の人脈に、旧友にと、大きく仏縁を広げることができました。

「仏は文字に依って衆生を度し給うなり」(御書153ページ)
御聖訓の通り、「人を救う文字」を広める聖教拡大に全力で取り組み、
「創立90周年」の明年へ、今日より最高の出発を切ってまいります!

42■負けると黙る元職員3名の信念なき言動

元職員3名
11 /11 2019
 前回の投稿「41■控訴審でも敗訴した元職員3名」でも、東京高等裁判所が、元職員3名の控訴を棄却していたことを書きましたが、この件について11月6日付の創価新報にも掲載されていました。

 そもそもこの裁判は、元職員3名が本部職員だった当時の譴責処分の無効などを求めて起こしたもので、一審で敗訴したうえで、今回、控訴も棄却されたのです。
 創価新報によれば、「今回の判決で東京高等裁判所は、小平ら足軽会10人が、彼らが攻撃対象とした後輩会員に対し、対話と称して執拗に繰り返した面談要求について、『パワーハラスメント』と明確に認定」されたとのこと。
 判決では、小平らの面談要求は、「客観的にみて、パワーハラスメントとして許されない行為と評価される」と記されています。

 さらに創価新報の記事の後半部分では、元職員3名のブレブレな“信念なき言動”について浮き彫りにされています。
 いわく、もともと彼らは “学会本部の実態を白日のもとに晒す”と息巻いて、彼らのブログで裁判の日時を告知して、その内容を紹介して、必死に宣伝していたわけです。もちろん毎回の裁判には、小平秀一、滝川清志、野口裕介の3人がそろって出廷して、傍聴にも来てくださいと呼びかけていたのです。
 けれど、「一審判決において、小平らの独善性が厳しく一喝されると、一転して、彼らはブログ等で控訴審の傍聴も呼び掛けず、裁判日時の告知もしないなど、裁判に関して全く触れなくなった」というのです。
 この控訴審の1回目の裁判に来たのは小平1名だけで、今回の判決の際には、誰も来なかったそうです。もはや“自分たちが正しい”と広言して、傍聴参加を募っていた頃の血気は、どこかに消え失せたようです。
 かつての威勢のよさはどこへやら、負けるとみるや裁判にも顔を出さず、ブログも静かになる。“最後まで戦い抜く”と叫んでいたのは何だったんでしょうか。元職員3名の“信念なき言動”があらわになった判決の場だったようです。

たきのごとく

創価学会の壮年部員です。
男子部時代から学会に仇なす輩は絶対に許さないと決めて戦ってきました。
池田先生と共に、学会の同志と共に、今日まで戦い抜けたことが誇りです。
これからも、「生涯青年」の心意気で戦っていきます!